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お辞儀の意義 2

鳥獣はお辞儀をするということを知らない。
ということは、自らその真理、価値というものを
尊重することを知らない。
まだ精神生活が発達していない。

人間になると初めてそれが発達してきて、
お互いに挨拶をする。

お辞儀をするということは、
お互いに相敬するということであり、
自ら他に挨拶をするということは、
同時に他を通じて自己を敬すということだ。

そこにお辞儀というものの厳粛な意義がある。



安岡正篤





お辞儀の意義 1

たいていの人は、
お辞儀というのは「相手に敬意を表する」ことと思っているが、
それは第二義である。

第一義は相手を敬するということではなくて、
「自らを敬す」ということである。

例えば仏典にお辞儀ということを説いて、
「吾を以て汝を敬し、汝を以て吾を敬す」と言っている。

つまりお辞儀をするということは
「自分が相手に敬意を表する」と同時に、
相手を通じて「自分が自分に対して敬意を表する」ことである。


               安岡正篤





人は環境を作る

環境が人を作るということに捉われてしまえば、
人間は単なる物、
単なる機械になってしまう。

人は環境を作るからして、
そこに人間の人間たる所以がある、
自由がある。
即ち主体性、創造性がある。

だから人物が偉大であればあるほど、
立派な環境を作る。

人間が出来ないと環境に支配される。


安岡正篤





本物は感化する

枝葉末節のものほど、
非常に移り変わりが激しいから
影響力が大きくみえるが、
それはまことに影であり響であって空しいものだ。
直ぐに消えてしまう。

本質的なるものの影響は影響ではなくって、
それはもう骨髄に入る。
ものになる。身になる。身に附く。

これは影響ではなくって感化と言う。


              安岡正篤





勝縁を結ぶ 2

大体そういう人間なら、
諸君は決して事を共にしてはいけない。
そういう人間を友にしてはいけない。

むしろ何でもないようなことでも、
耳を傾けたり、眼を光らせる人であったら、
何か見どころのある人間なのです。

もちろん形骸は眠っておるようでも
魂が輝いておる人もおりまして、
凡眼ではなかなか見わけがつきません。


              安岡正篤